バス会社の自動車整備工場で石綿曝露した被災者による国家賠償請求訴訟

                                  令和元年11月6日

                                  文責  弁護士 段林君子

 1 「泉南型」国家賠償請求訴訟

2019年10月8日,自動車整備工場で石綿曝露して悪性腹膜中皮腫にり患し死亡した被災者の遺族が,当時国がアスベストについての規制権限を適切に行使しなかったことにつき,国に対する責任を求めて,札幌地方裁判所に国家賠償請求訴訟を提起しました。

平成26年10月9日,最高裁は,石綿工場等で従事し石綿疾患を患った元従業員やその遺族等が国を相手に国家賠償請求をした,大阪泉南アスベスト国家賠償請求訴訟において,昭和33年から同46年までの間,国が局所排気装置を義務付けなかった規制権限不行使が国家賠償法1条1項の適用上違法であるとして,一定の要件のもとで国の責任を認めました。現在,国は,石綿工場の元労働者やその遺族の方々が、国に対して訴訟を提起し、一定の要件を満たすことが確認された場合には、訴訟の中で和解手続を進め、損害賠償金を支払うとしています。

このような国家賠償請求訴訟について,私たち弁護団は「泉南型」訴訟等と言っています。これまで,泉南型訴訟は全国各地で次々と起こされましたが,自動車整備工場での石綿被害について提訴するケースは,道内では今回が初めてではないかと思われます。

以下では,被害の状況と遺族が訴訟提起に至るまでを詳細に記載します。

 2 被害の状況

 亡くなられた被災者は,平取町に在住していた故・清川勇さんです。

 清川勇さんは,昭和39年から昭和40年にかけて,道内のバス会社における自動車整備工場内で石綿含有ブレーキライニングの交換・研磨作業等の補助業務に従事していました。この作業の際に,石綿粉塵に曝露し,数十年という潜伏期間を経て,平成17年に腹膜中皮腫を発症しました。 

 勇さんの長男清川正久さんの妻美枝子さんは,結婚をして清川家に嫁いで以降,20年以上にわたり勇さんと一緒に生活をしており,実の父親同様に勇さんを慕っていました。美枝子さんは,勇さんの病気が分かってからは,治療方法や行政のサポートが無いか,必死になって探しました。しかし,当時は,中皮腫患者の認知数が今よりも少なかったため,医療の情報を入手するのにとても苦労されたようです。

 勇さんとご家族は,腹膜中皮腫という難しい病気を扱える病院を地元近くでは探すことが出来なかったので,勇さんの亡妻がお世話になったことのある札幌の病院に入院をすることに決めました。平取から札幌までは車で片道2時間以上かかりますが,美枝子さんは,毎日高速道路を走って勇さんのお世話をしに行きました。

しかし,急性期を過ぎて以降は,最初に入院していた病院での3か月以上の入院が難しかったため(医療制度上,急性期を過ぎた患者を病院が3か月以上入院させると赤字状態になるため転院を勧められます),勇さんは別の札幌の病院への転院を余儀なくされました。転院後の病院は,中皮腫に対応できる医療設備が整っていなかったため,転院先の病院から通院をすることになりました。医療設備の整っていない病院への転院を余儀なくされ,勇さんとご家族により多くの負担がかかることになりました。

 平成19年1月に,勇さんは治療の甲斐なく札幌市内の病院で腹膜中皮腫により亡くなりました。当時まだ73歳でした。緩和病棟に転院しようとしていた矢先のことでした。主治医からも「こんなに早く亡くなるなんて思わなかった。」と言われました。

 発症してからあっという間に亡くなってしまい,勇さんと美枝子さんは「無念でならない」と言います。

 中皮腫にならなければ,まだまだ家族と穏やかな生活を送ることが出来たと思います。

3 訴訟提訴に至るまで~行政は救済手続きを知らせてくれなかった~

(1)石綿健康被害済制度の特別遺族給付金の申請

正久さんと美枝子さんは,勇さんが亡くなった当時,労災補償の対象になることを知りませんでした。

このため,二人は,平成18年頃に環境再生保全機構に石綿健康被害救済制度の救済給付の申請をしました。これは,労災補償の対象にならない方を対象とした制度です。このときに,機構の担当者から労災補償についての案内は無かったので,気が付かないままに上記の申請を済ませました。

 それから10年以上経て,平成29年秋頃に美枝子さんは,たまたま北海道新聞で西鉄バスの運転手が石綿曝露により中皮腫を発症し,労災認定がなされたという記事を読み,その記事に掲載されていた,「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」(以下,「患者と家族の会」と言います。)に電話をしてみました。そして,勇さんの被害状況を知らせたところ,患者と家族の会から本来労災補償の対象となり得ることを指摘されましたが,このときには,既に時効により労災保険法に基づく遺族補償給付の支給を受ける権利は無くなっていました。このため,こうした時効により給付を受けられなくなった人のための,石綿健康被害済制度の特別遺族給付金の申請をすることにし,平成30年6月頃にその支払いがなされました(実質的な労災認定がなされたに等しい)。当時,道内においてバス関連業務で石綿被害による労災が認定されたことがなかったため,北海道新聞等で報道されました。

 しかし,そもそも,平成18年にした救済給付の申請時に,環境再生保全機構の担当者が労災の補償がありうることを告げてくれていたら,労災の遺族補償給付が時効にかかることは無かったのです。

(2)訴訟提起に至るまで

 平成30年6月頃,美枝子さんは,患者と家族の会に教えられ,国に対する泉南型の国家賠償請求訴訟があり得ることを知り,厚労省のホームページでその案内を見て,北海道労働基準局に電話で問い合わせをしました。しかし,その担当者は厚労省のホームページの存在を知らなかったようで,「国が国を訴えろなんて言うわけないでしょ。そんなもんどこに載ってるの?弁護士が勝手に載せてるんでしょ。」等と誤った説明をされました。

 美枝子さんは混乱しましたが,再度厚労省のホームページを確認して,再び同じ窓口に電話を掛けて,間違いなくホームページに記載があることを告げたところ,今度は事情の分かる人が電話に出て,弁護士への相談を勧められました。

 その後,正久さんと美枝子さんは,患者と家族の会より,当弁護団を紹介され,本件訴訟を提起することを決意されました。

 ところで,厚労省は,石綿を扱う工場に勤務し,健康被害により国家賠償を受けられる可能性のある人を対象に,国家賠償請求訴訟を促す通知を発送しています。しかし,正久さん達はこの通知を受け取っていません。上記訴訟が念頭においている典型的な事案は,石綿含有製品の製造工場等であり,「石綿工場」といったワードが労災記録上表れないケースや典型的な事案とは異なる事案では,通知の対象から外れることがあるようです。実際に,私たち弁護団が扱った泉南型訴訟では,こうした通知を受け取っていなかったものの,その後訴訟提起をして国から賠償金が支払われたケースがあります。

 正久さん達は,こうした各行政の情報提供が不案内であることも被害者を埋もれさせる一因になっていると考えています。

(3)勇さんの作業環境の調査

  訴訟をする場合,裁判で「局所廃棄装置を設置していれば,勇さんの石綿曝露を免れた」と言えることを立証しなければなりません。このため,勇さんの作業環境を調査するため,この事件を一緒に担当している瀨戸悠介先生と一緒に平取町に行き,当時の勇さんの同僚さんやその他の関係者に話を聞きに行きました。

  泉南型訴訟の場合,冒頭で述べたとおり,昭和33年から46年まで曝露期間であることを要しますので,当時の作業環境の立証は非常に難しい場合が多いです。被災者本人が亡くなってしまい,関係者もいない状況ですと,立証が困難で訴訟提起も難しい場合があります。

  勇さんの場合,ご本人は亡くなられていましたが,美枝子さんが当時の状況を詳細に知る元同僚さんや関係者から協力を取り付けて下さり,訴訟に踏み切ることができました。     

(4)訴訟提起と実名報道の決意

  正久さんと美枝子さんは,「同じような想いをして,手続きを諦めた人がいるのではないか。自分たちの報道を見て,一人でも多くの人が救われて欲しい。」と言います。お二人は,石綿健康被害救済法に基づく特別給付金が支払われた際にも,今回の訴訟提起の際にも,実名で報道機関に記者会見をし報道がなされました。国にお金を請求するというと,心無いことを言う人も出てくるかもしれないという不安もありましたが,正久さんと美枝子さんは,情報不足の中で,行政から適切な助言を得られずに翻弄されたという経験があるため,過去の自分たちのように,行政上,訴訟上の救済制度があることを知らずに困っている石綿の被災者や遺族がこうした手続きを知るきっかけになれば,という想いで実名報道されることを決意されました。

 正久さんと美枝子さんは,現在患者と家族の会で,石綿の被害者や家族と交流し,石綿で苦しむ人たちの助けになるよう活動に参加しておられます。

 私たち弁護団も,こうした被害者の方の救済の手助けが出来るようこれからも努力していきたいと考えています。

 特に,石綿被害の実態は非常に多様で,被災者によって曝露状況が様々です。泉南型にあてはまるかどうかは,個々の被災状況を見なければ分かりません。全国で日々新たな和解実績が出来ている状況で,今後は泉南型での救済範囲を押し広げる訴訟活動が重要であると考えています。一人でも多くの方の救済に役立てるよう,これからも尽力していきたいと考えています。

※本記事の掲載については,清川正久さん,美枝子さんの了解をいただいております。