ボイラー技士の遺族が国に訴訟提起(国家賠償請求訴訟)

弁護士 長 野 順 一

    (文責)弁護士 段 林 君 子

弁護士 谷 地 和 憲

 令和3年4月5日,ボイラー技士として働いていた方が勤務先のホテル内で使用されていた石綿(アスベスト)の粉じんを吸ったことにより石綿疾患を発症し,それが原因で亡くなったとして,ご遺族が国を相手に損害賠償を求めて訴訟を提起しました。

 この件を担当しておりますので概要をご報告いたします。

1 事案

 被災者は,故・一宮次男さんです。昭和39年から平成14年までの38年間,札幌市内にあったホテルにボイラー技士・整備士として従事されていました。

 この間,ホテル内に吹き付けられていた石綿含有の吹付材や,石綿含有パッキン,石綿含有保温材等から,石綿粉じんを吸い込み,平成13年5月に悪性胸膜中皮腫という石綿を原因とする病気を発症しました。

 その後,次男さんは,1年も経たないうちに60歳で悪性胸膜中皮腫を原因として亡くなられました。

2 勤務先への損害賠償請求

 平成17年,ご遺族である一宮美恵子さん(妻)と娘さんは,次男さんが中皮腫に罹患したのは勤務先が安全配慮義務(従業員を安全な環境で働かせる義務)を怠ったからであると主張して,次男さんの勤務先を相手に損害賠償を求めて訴訟を提起しました。

 当時はまだアスベストで生じた被害についての訴訟が少なく,先駆け的な訴訟でした(なお,当弁護団はまだ発足していなかったため,この訴訟には関わっていません)。

 勤務先は,国がアスベストを使うことを認めていたのだから,自らに非はないと主張して,自らの責任を真向から否定しました。

 最終的に札幌高等裁判所の判決で勤務先の責任が認められましたが,その後,勤務先の会社が民事再生を申し立てたため,美恵子さんと娘さんは判決で認められた賠償金の一部しか受け取ることが出来ませんでした。

 ただし,この勝訴判決は,その後の多くのアスベスト訴訟に影響を及ぼし,後に続く被災者の裁判による救済を大きく前進させました。

3 今回の提訴に至るまでのアスベスト被害者救済の動き

 美恵子さんと娘さんは,次男さんの命が石綿によって理不尽に奪われたことを機に,アスベスト被害者のために様々な活動をしてこられました。

 美恵子さんは,平成16年に「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」(以下,「患者の会」と言います)の結成に関わった主要メンバーです。美恵子さんは,患者の会の北海道支部を立ち上げて,世話人をされていました。

 平成17年には,患者の会の調査が契機となって,クボタショック(大手機械メーカーであるクボタの旧神崎工場(兵庫県尼崎市)の周辺住民に石綿疾患を発症する人がいることが報道され,アスベストの健康被害の問題が急浮上した現象)が起こりました。

 美恵子さんたちがこうした活動を続ける中,全国各地でアスベスト被害者の救済を目指す弁護団が発足し,国を相手にした裁判によるアスベスト被害者の救済を目指す動きも出てきました。

 平成26年10月9日には,石綿工場で稼働し石綿疾患を発症したり死亡したりした元労働者やその遺族が,石綿被害につき国が必要な規制権限の行使を怠ったとして国に損害賠償請求を求めた国家賠償請求訴訟(泉南型国家賠償請求訴訟)で,最高裁判所が国の責任を認める判決を言い渡しました。

 また,平成20年には,建設作業に従事し建材に含まれた石綿を吸い込んだことで石綿疾患を発症したり死亡したりした元労働者やその遺族が,国に対して,必要な規制権限の行使を怠ったとして損害賠償請求を求める国家賠償請求訴訟(建設アスベスト訴訟)を東京地方裁判所に提起しました。建設アスベスト訴訟は,その後も全国各地で提訴され(当弁護団でも提訴し,現在も裁判が続いています。),国の責任を認める地方裁判所や高等裁判所の判決がいくつも言い渡されています。間もなく,最高裁判決が言い渡される予定です。

 こうした中,弁護団では次男さんの被害を国家賠償請求訴訟により救済することが出来ないか検討を続けてきました。

4 提訴へ

 次男さんは典型的な建設作業員ではありませんが,建材(吹付材,パッキン,保温材は建設現場でも使用されます)に含まれた石綿を吸い込んだことによる被害という点で建設作業による被害と共通しています。

 建設アスベスト訴訟については,最高裁判所の判決はまだなされていませんが,国に責任を認めた高等裁判所の判決の一部が既に確定しています。

確定した高等裁判所の判決では,いずれも防じんマスクを着用させること,警告表示及び作業現場掲示の各義務付けについて規制権限を行使しなかったことについて国の責任を認めています。

 仮に国が適切にこうした規制権限を行使していれば,次男さんも被害を免れた可能性が高いのです。同僚の話によると,次男さんは,石綿の危険性を知らずに毎日無防備に石綿に触れていましたが,国が適切に規制権限を行使していれば,石綿に触れる作業の際に防じんマスクを着用したり,石綿の危険性を周知されることで,飛散しやすい石綿製品をホテルから除去する等してもっと早い時期に有効な対策を取れたはずです。

 美恵子さんは,勤務先に対して訴訟を提起した際に,次男さんの元上司から「国がアスベストを認めてたんだから会社に責任はない。」と言われたことが今でも忘れられないとおっしゃっています。

 また,今回の裁判で美恵子さんたちの主張が認められた場合,建設アスベスト訴訟における被害救済の範囲が拡大することになり,典型的な建設作業員とは言えない石綿被害者の救済の足掛かりとなることは間違いありません。

 美恵子さんは,ボイラー技士の被害に関して国家賠償請求を提起し,救済の道を切り開くことで,次男さんの死亡について国の責任を問うとともに,潜在的な被害者の力になりたいと考え,本件の提訴を決意されました。

 建設作業従事者以外の被災者の被害について建設アスベスト訴訟の枠組みで提訴するのは,本件が全国でも初めてのケースです。

 弁護団としましても,同様の被害を受けた被災者のためにも解決に尽力したいと思います。