メーカーの責任(市場媒介型不法行為)

弁護士 濱本 光一

1 建設アスベスト事件における被害

 建設アスベスト事件における被害は、アスベスト建材をメーカーが製造し、市場に販売することによって流通し、建設作業現場に到達して、建設作業の過程で、建設作業従事者がアスベスト粉じんに曝露し、アスベスト関連疾患を発症するというものです。市場を通しての被害であることから、市場媒介型不法行為と呼ばれています。

  この場合、どのメーカーが、どのアスベスト建材を製造し、どのような過程で建設作業現場に到達し、どの建設作業従事者がアスベスト関連疾患にかかったかという関係(これを個別的因果関係といいます。)を明らかにすることは、事実上不可能です。したがって、一般の不法行為(民法第709条)によって救済を図ることはできません。そこで、考えられたのは、共同不法行為(民法第719条)によって救済を図ることができないか、ということです。共同不法行為が成立するとした場合には、因果関係の擬制ないし推定がなされるからです。

  この問題は、アスベスト関連疾患を発症した被害者を、現行法の規定(民法第719条)の解釈によって救済を図るべきか、それとも、救済を図るためには、特別の立法が必要な立法政策の問題であると考えるべきか、という価値判断にかかるものとえいます。ここで着目して欲しいのは、次の3点です。第1に、メーカーは、アスベスト建材を製造・販売したことによって莫大な利益を得ているのですから、アスベスト建材によって発生した被害については、責任を負うべきではないのか、という点です。第2に、メーカーが製造し販売したアスベスト建材は、どこの建設作業現場で使用されたかを証明できないにせよ、どこかの建設作業現場で使用されて被害をもたらしたことが確実であるといえる以上、メーカーが免責されるとするのは不合理ではないか、という点です。第3に、メーカーのアスベスト建材の製造・販売の行為は、特定の建設作業従事者に向けられたものではない、という点です。最後の点は、市場媒介型不法行為の特徴を示すものということができるでしょう。これらの観点からすれば、特別の立法がない限り、アスベスト関連疾患を発生した被害者を救済できないとする価値判断は、妥当なものといえるでしょうか。

2 共同不法行為の成立

 共同不法行為の成立が認められると、全てのメーカーが全ての被害について責任を負うという結果になりそうです。このメーカーの責任を不真正連帯債務といいます。例えば、東京建設アスベスト訴訟においては、メーカー43社が、それぞれ各別に、被害総額約130億円の賠償責任を負うべきであると主張されています。この結果は、メーカーの規模や製造・販売したアスベスト建材の量にかかわりなく、全てのメーカーが全ての責任を負うということを意味し、どうも、その結論の妥当性が疑問視されているようです。

  しかし、この疑問は、個々のメーカーは、自分のアスベスト建材の市場占有率ないし市場に流通させたアスベスト量に応じて分割の責任を負うとすることによって解消することができるように思います。すなわち、損害の発生に寄与した限度で、分割責任を負うと考えることもできるのではないでしょうか。

3 最後に、次のような学説及び判例を紹介します。

  淡路剛久教授は、意見書において、次のように述べられています。「複雑化した現代社会において、新たに出現する権利侵害状況を共同不法行為論によって具体的妥当な解決に導くためには、既存の要件該当性を論ずるだけでは不十分である。既存の枠組みによる解決に困難を伴う場合に共同不法行為の解釈論に求められるのは、損害の公平な分担という不法行為法の理念に基づいた解決を図るため、現実の権利侵害の態様に応じた新たな枠組みを構築することである。」

  また、大気汚染の事案で、大阪地方裁判所西淀川第2次~第4次訴訟判決は、次のように判示しています。「個々の行為が単独では被害を発生させないとしても、それらが重合した結果、現実に被害が生じている場合に、その被害をまったく救済しないことは不法行為法の理念に照らして不当といわなければならない」

  建設アスベスト訴訟においては、大気汚染訴訟で展開された共同不法行為理論の更なる進展が求められているといえるのです。

以上