山部幻想―宝物の思い出とともに―

弁護士 武部 悟

アスベスト労災救済の弁護団の募集があった。若い弁護団諸氏の中に,ロートルの小生が加わることに多少の違和感もあった。「枯れ木も山の賑わい」とみてくれれば幸いであるが,最近は,「枯れ木が里の災い」となった例もある。若干躊躇したが,次のような思い出もあり,参加させていただいた。

 私の生家から,十勝岳連峰からせり出した丘一つを超えたところに山部村(現富良野市山部)がある。当時の富良野などは,スキー場もなければプリンスホテルもない,夜ともなれば真っ暗になる農村の町であった。そして,私の幼い記憶によると,その両隣に,夜空の雲に煌々と不夜城の光を投影していたのが,片や石炭の町芦別,こなた石綿の村山部であった。

 ある日,生家を訪れた見知らぬおじさんから「坊主,いいものやるぞ」といって,白い層をサンドイッチした暗緑色の石片を渡された。「これはすごいものだぞ」「絶対に燃えない石の綿だ」「坊主の家の煙突や壁に使えば,絶対に火事にならないぞ」などと言われた,白石綿,現在の知識でいえばクリソタイルをサンドイッチした蛇紋岩の石片である。10円玉などで,キチキチキチと削ると白い綿ができる,これを蝋燭の火に入れると,蝋燭の炎の中でひときわ明るく輝く,火から取り出すと元の白い綿である。僕の宝物の一つとなった。これを石油ランプに仕込んだら,とても明るいランプができると思った。しかし,親のいないときに火などイジったら,親父に半殺しに遭うことになるのでやめた(特許少年になりそこねた)。

 今から考えると何十年前であったろうか,当時生活していた東京から生家に帰省した折,国道38号線を帯広方向に走っているとき,山部の山に異様な光景を見た。山塊は,稜線から3~4分の1くらいの山の峰が削り取られ,赤褐色の地肌をむき出しにしていた。地獄の入り口を感じさせる光景である。「あれは?」の問に,「石綿を掘った跡だよ」との答えであった。石綿,アスベストという言葉に,このとき初めて不安を感じたことを記憶する。

その後幾年が経過したろうか,私が自分の弁護士事務所を開業したころから,学校などの建築物のアスベスト除去業者の客を迎え,アスベスト被害の重大さを知った。

その後,今は故人となってしまったが,山部に住んでいた叔母を何かの機会に訪問したおり,昔懇意にされていた叔母の近くに住んでいたじいさんの消息を聞いた。叔母は何の屈託もなく答えた。「あれは,10年も前にガンで死んだよ,ノザワじゃろ」。ノザワとは,山部のアスベスト会社,野沢鉱山のことである。

どうやらこの地域では,鉱山員でなくとも,鉱山から大気に浮遊するアスベスト粉塵がガンを誘発することは,その昔から常識となっていたことを知った。

その後,本弁護団が立ち上げられ,団員募集の報に接した。早速団員に加えていただいた次第である。

 弁護団に加わってから,今度は意識して,山部の山を見た。あの地獄絵のような廃鉱跡は,何時の頃からか,すっぽりと深い緑に覆われて眠っているように見えた。

 この国では,一つの産業があまたの人々の犠牲を生み出す労災被害が繰り返される。幼い日,蝋燭の炎の中に輝いたあの宝物の光の裏に,労災の悲劇が進行していたとは…。

幻想から醒めて,せめて次なる労災悲劇を最小ならしめるためにも,原告と弁護団の皆様とともに,さらなる努力を決意するばかりである。