遅延損害金の起算日に関する勝訴判決

(泉南型アスベスト国家賠償請求訴訟)

弁護士 長 野 順 一

    弁護士 平 岩 篤 郎

(文責)弁護士 段 林 君 子

弁護士 谷 地 和 憲

 令和3年4月13日,札幌地方裁判所において私たちがご依頼を受けた泉南型アスベスト国家賠償請求事件について,遅延損害金の起算日に関する勝訴判決が出ましたのでご報告をします。

【事案】

 本件の被災者は,札幌市内にあった石綿工場に従事したことにより,石綿疾患(肺がん)に罹患し,それが原因で死亡した元従業員の方です。私たちは,存命中の被災者からご依頼を受け,平成30年9月4日に国に対して,アスベスト被害に関する損害賠償(慰謝料と弁護士費用)を求めて,札幌地方裁判所に提訴しました。

 提訴時,既に被災者の容態は思わしくなく,重篤な状態でしたので,提訴後国に対し,代理人として速やかな解決を強く求めましたが,残念ながら被災者は提訴中に肺がんにより亡くなられました。その後,ご遺族が訴訟を引き継がれました。

 国は,裁判で,被災者が石綿関連疾患である肺がんにり患したことと,肺がんにより死亡したことについて国の責任を認め,遺族に対し慰謝料等の損害金を支払う義務があることを認めました。しかし,国は,慰謝料等の遅延損害金の起算日が肺がん発症日であるという原告側の主張を認めず,起算日は死亡日であると主張しました。

 そのため,本件は,和解による解決ができず,判決になりましたが,判決では原告の主張通り,肺がん発症日を遅延損害金の起算日とすることが認められました。

 これまで国は,泉南型アスベスト国家賠償請求事件において,石綿疾患により死亡した被災者と和解をする際に,一貫して死亡時以降の遅延損害金しか支払わない,つまり,疾患発症日から死亡前日までに発生した遅延損害金は支払わないという対応をしてきました。

 本件は,泉南型アスベスト国家賠償請求事件で,遅延損害金の起算日が死亡時か疾患発症時かが争われて判決が出された全国で初めての事案です。アスベスト被害に関する全ての国家賠償請求訴訟における国の対応を変える契機となれば良いと考えています。

【本件争点の意義】

 国の主張は裁判実務の原則からしても,アスベスト被害の実情に照らしても明らかに不当なものです。以下,詳細にご報告したいと思います。

1 裁判実務の原則

 国の主張は以下で述べるように,裁判実務の原則に反するものです。

 最高裁判所の判例を前提にすると,不法行為に基づく損害賠償請求権の遅延損害金の起算日は,発症日に遡るのが原則であると考えられます。

 具体的には,最高裁昭和37年9月4日第三小法廷判決(民集16巻9号1834頁)は,不法行為による損害賠償債務について,「右賠償債務は,損害の発生と同時に,なんらの催告を要することなく,遅滞に陥るものと解するのが相当である」,「不法行為に基づく損害賠償債務は,なんらの催告を要することなく,損害の発生と同時に遅滞に陥るものと解すべきである」と判示しています。

 さらにこれを受けて,最高裁は,同一事故により生じた同一の身体傷害を理由とする損害賠償債務は一個と解すべきであって,一体として損害発生の時に遅滞に陥るものであり,個々の損害費目ごとに遅滞の時期が異なるものではないと判示しています(最高裁昭和55年(オ)第1113号同58年9月6日第三小法廷判決・民集37巻7号901頁参照,最高裁平成7年7月14日判決)。

 そして,このような判例を前提に,今日の裁判実務においては,後遺障害による慰謝料や死亡慰謝料等の事故時には算出が不可能または困難な損害についても,一律に事故日を遅延損害金の起算日とした運用がなされているのです。

 そうすると,アスベスト被害に関しても,疾患発症後に死亡した場合,石綿関連疾患の発症日(最初の損害発生時)から遅延損害金が起算されると解釈するべきです。

 国の主張はこうした裁判実務の原則に反するものと言えます。

2 本件争点,今回の判決の意義

 法解釈の難しい話はおいておくとしても,本件のような泉南型国家賠償請求訴訟の遅延損害金起算日につき,仮に国が主張するように「石綿関連疾患によって死亡した場合にはその死亡時」と解した場合,不公平な事態を招来することになるのです。

 具体的には,ある被災者Aさんの生存中に訴訟上の和解が出来た場合とそうでない場合とで解決内容に差が生じることになります。つまり,Aさんが生存中に労災支給決定を受け,訴訟上の和解をし,和解金(石綿関連疾患にり患したことについての慰謝料と疾患発症時からの遅延損害金)を受領した後に当該石綿関連疾患が原因で死亡した場合,国は死亡慰謝料と支払い済みの和解金の差額分を支払うという方針でいるところ,Aさんは,死亡慰謝料の元本相当額の損害金に加え「生前に発生した(石綿関連疾患にり患したことについての)遅延損害金」の支払いを受けたことになります。

 これに対し,Aさんが本件のように訴訟後和解前に死亡する等して生存中に訴訟上の和解が出来なかった場合,国の主張を前提にすると,生前には遅延損害金が発生していなかったことになるので,生前に発生した遅延損害金の支払いを受けられなくなります。

 このように,「被災者がどのタイミングで死亡するか」 という,被災者にとって全くコントロールの出来ない事情によって大幅に結論が異なることになるのです。

 他方で,国は訴訟手続きにも関与する上で,訴訟手続を引き延ばすことの出来る立場です。また,労災認定は損害賠償請求権の要件ではないものの,国は事実上,本件のような泉南型国家賠償請求訴訟において,労災支給決定がなされるまで和解に応じない対応をしており,訴訟前の労災手続きの引き延ばしも可能な立場にあります。

 実際に,本件と同種の泉南型訴訟において,生前に訴訟提起して早期解決を求めたにも拘らず,国の対応に時間を要したために,訴訟中に死亡した案件はほかにもあり,自ら速やかな解決に応じなかったにも関わらず,被災者の死亡を奇貨として,遅延損害金の支払いを免れるような主張をするのは正義に反するものと言わざるを得ません。

 また,私たち弁護団が長年戦いを続けている,札幌1陣建設アスベスト国家賠償請求訴訟においては,国が他地域を含めた地裁,高裁での度重なる敗訴を受け入れず控訴及び上告をし続けた結果,平成23年4月11日の提訴から現在まで10年以上の月日を要し,この間に多くの被災者が亡くなられました。これらの被災者の中には,国の主張を前提にした場合に,生前の(石綿関連疾患にり患したことについての)慰謝料元本(札幌地方裁判所認容金額)とこれに対する遅延損害金を足した金額の方が死亡慰謝料を数百万円上回る逆転現象が生じる方もおられます。

 本件論点は,泉南型国家賠償請求訴訟に限らず,石綿関連疾患における雇用主の安全配慮義務違反事件や国及びアスベスト製品を製造した企業に対する建設アスベスト訴訟にも波及するものです。特に一般企業を相手とした訴訟手続きにおいては,生存する被災者が提訴した案件について,遅延損害金を免れるために死亡するまで訴訟を引き延ばす動機を与えるもので,今後予想される数多の事件における遅延も招きかねません。

このように,加害者である国に遅延損害金の起算日や「損害」発生の条件をコントロールすることが可能な状況とすることは明らかに当事者間の公平を害するもので,今後の他訴訟に与える影響に鑑みても認めるべきではないのは明白です。

 本件判決は,原告の主張を認めたもので正当なものと評価出来ます。

【最後に】

 多くの方に影響のある争点について,勝訴判決を勝ち取ることが出来て本当によかったと思います。国側が控訴する可能性が高いので,まだ解決まで時間がかかりますが,ご遺族と他の被災者のためにも引き続き頑張りたいと思います。

 なお,ここでは遅延損害金の起算日のみのご説明を致しましたが,泉南アスベスト国家賠償請求訴訟の概要については,他の頁でまとめていますので,そちらをご覧いただければと思います。